平凡社世界大百科事典 水谷 智洋著
古代ギリシアの神。豊穣とブドウ酒の神とされ,その崇拝は集団的興奮のうちに恍惚 (こうこつ) 境に入る祭儀を伴った。彼にはまた小アジアのリュディア語に由来するバッコスBakchosの別名があり,ローマ神話ではこちらを採ってバックスBacchusと呼ぶ。 バッカスはその英語読み。
これは、先に見たカラヴァッジョのバッカスで したが、(文金高島田的)違和感
左手に持つ黒いものは何でしたか・・そう、着ている服の腰ひもですね
しかしまた、ルーベンスのバッカスというのもちょっといや…・
酔っぱらった太鼓腹の
おじさん・・足元の女性と双子もあやしい・・
2012-01-29 ようやく許せる図がありました
アンティオキアのモザイクです。
よかったよかった。⇒アンティオキアの文物

念のため他の画像を検索
http://schuffel.home.xs4all.nl/english/bacchus/
ヴェラスケス
Velazquez
The Drunkards or The Triumph of Bacchus, ca. 1629
Prado, Madrid
ルーベンス
Rubens
Bacchus, 1638-40
Hermitage, St. Petersburg
ティツィアーノ
Titian, Bacchus and Ariadne, 1520-23, National Gallery, Londonhttp://metamedia.stanford.edu/philolog/
キリストの血はワインでしたか・・
バーバラ・ウォーカーによれば、バッカスはキリストの原型だと言っている。
紀元前1世紀ころ、ディオニュソス崇拝の地はエルサレムであったと。ユダヤ人が豚肉を食べないのは、ディオニュソスが雄豚に殺されたからであると、プルタルコスがつけ加えているという。・・その話は、ここまで(~_~;)・・
またエリアーデを読みながら別件で・・・・
平凡社世界大百科事典 水谷 智洋著
彼の聖獣は牡牛,牡ヤギ,ヒョウなど,聖なる植物はブドウ,常春藤 (きづた)。美術では,古拙期にはつねに衣をまとい,髯 (ひげ) を生やした姿で,古典期以降はやや女性的な体つきをした若者に表現されることが多い。なお,《アポロン的》と《ディオニュソス的》という美学上の対立概念は,夢想的・静観的芸術をアポロン型の芸術,陶酔的・激情的芸術をディオニュソス型の芸術と名づけ,両者の総合がギリシア悲劇にほかならないと論じたニーチェの処女作《悲劇の誕生》(1872) に由来するものである。
『冷静と情熱』!?
論理的冷静と激情的陶酔の対比という話ということでよいのかどうかだが・・。リョウホウ、ゲイジュウノハナシダということはしっかり確認したい・・
平凡社世界大百科事典 水谷 智洋著
神話では,彼はゼウスとテーバイ王カドモスの娘セメレSemelの子とされ,人間の女を母とする彼がオリュンポスの神々の列に加わるまでの経緯が次のように語られる。ゼウスに愛されて子を宿したセメレは,これを嫉妬 (しつと) したゼウスの妃ヘラに欺かれ,雷電をもつゼウスに神本来の姿で訪れるよう願ったため,その雷にうたれて焼け死んだが,ゼウスは彼女の胎内から嬰児 (えいじ) を取り出し,みずからの噌(もも) に縫い込んで月満ちるのを待った。こうして誕生したディオニュソスは,まずカドモスの娘イノに託された。しかしヘラがイノを狂わせたので,ゼウスは彼をひそかにニュサ (所在不明の神話上の地名) まで運ばせ,その地のニンフたちに養育させた。成長後,彼はブドウの木を発見し,ブドウ酒の製法を知ったが,こんどは彼自身がヘラに狂わせられ,エジプトとシリアをさまよった末,フリュギア (小アジア北西部のトラキア人の居住地) で大母神キュベレに狂気を癒され,彼女から密儀を伝授された。平凡社世界大百科事典 水谷 智洋著
いよいよ,人間にブドウの栽培を教えつつ,みずからの神性を認めさせてその祭儀を広める時が来た。彼はまず小アジアを征服,ここで獲得したおもに女性からなる熱狂的な信者たち (バッカイBakchai〈バッコスの信女〉, マイナデスMainades〈狂乱の女〉などと呼ばれる),またいつも彼につき従うサテュロスやシレノス などの山野の精を引き連れて,次はギリシアへと歩を進めた。途中,トラキアでエドネス族の王リュクルゴスに迫害されたのを皮切りに,ギリシアの各地で妨害を受けたが,それらはいずれも彼の神威の前には空しい抵抗にすぎなかった。エウリピデスの悲劇《バッコスの信女》(前 405 上演) は,彼が従兄ペンテウスPentheusの治めるテーバイに来たときのできごとを描いたもので,それによれば,王の母アガウエAgau^をも含むテーバイの女たちが狂乱の信者の仲間に加わって,松明やテュルソスthyrsos (蔦 (つた) を巻き,先端に松笠をつけた杖) を振りまわしつつ山野を乱舞し,陶酔の極に達するや,野獣を引き裂いてくらうなどの狂態を示すに及んだとき,彼の神性を認めようとしないペンテウスは,これを阻止せんとして,かえって母親たちにキタイロンの山中で八つ裂きにされたという。このようにしてみずからの神性を世界中に認めさせたあと,彼は冥府から母セメレを連れ戻して彼女とともに天に昇り,オリュンポスの神々の仲間入りをしたとされる。平凡社世界大百科事典 水谷 智洋著
ディオニュソスは,陶酔宗教の主神とでも称すべきその中核部分を,広くトラキア,マケドニア地方で集団的熱狂と興奮を伴う祭儀によって崇拝されていた豊穣神の伝来に,またブドウ酒の神としての一面を,小アジアのフリュギア,リュディア地方で樹木や果樹の精霊としてあがめられていた神格の渡来に負って成立した神である。その崇拝は,神話が示唆するように,ある時期に,為政者の禁令をものともせず,おもに女性の間で熱狂的な支持を得て野火のようにギリシア中に広まったものと考えられる。それはやがて,彼がデルフォイのアポロン神殿において,アポロンが神殿を留守にする冬の間を預かる神としてまつられるに至って,いくぶん鎮静された形で公的宗教の中に受け入れられた。その一方,彼はザグレウスZagreus の名の下にオルフェウス教の大神に,またイアッコスIakchosの名の下にエレウシスの大秘教の主神のひとりとなったため,冥界とのつながりが生じ,ヘレニズム期以降には彼自身の秘教が大流行した。これはかつての集団的狂乱と陶酔の祭儀とは別の,来世での幸福を願うもので,海を渡ったイタリアでも人気を保ちつづけた。有名なポンペイの〈秘儀荘〉の大壁画はそのようすを描いたものである。彼はまたギリシア最古のブドウ栽培地のひとつと伝えられるアッティカ地方北西部の小村エレウテライにささやかな社を献じられていたが,この社が前 6 世紀の中ごろ,ペイシストラトスによってアテナイのアクロポリスの南東麓に遷座させられ,その祭礼たる大ディオニュシア祭に悲劇等の競演が行われたところから,のちに演劇の神ともされた。バッカス…
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