唐草図鑑
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生命の木 聖樹

me 最初にこちらで、ロジャー・クックの本 「生命の樹 -中心のシンボリズム」を見たが、豊饒の樹の項に、古代バビロニア・ギリシアの植物神 アドニスが出ている。

「神の文化史事典」(松村一男他編 白水社2013)によれば、アドニスのキーワードは、「美男、猪、変身、花」だそうだ。 


アドニスあるいは没薬(ミルラ)

 

古代バビロニア・ギリシアの植物神

(「生命の樹 -中心のシンボリズム」by ロジャー・クック)p21
解説は以下の10行くらい、 図版は16世紀のウルビノの鉢であった

古代の人々にとって、年ごとに行われる自然の死と再生は偉大な神秘的ドラマであって、その意味は神話や儀礼の中で解き明かされた。

冬に、すべてのものは大地母神の子宮へ、そのほの暗い初源へと戻っていく。そして、春になると原初に行なわれた行為、すなわちコスモスの創造が劇的に繰り返されるのである。

古代世界では、この出来事は大母神とその息子であり恋人である植物神との間のヒエロガモス―聖なる結婚―として祝われる(p21)

紀元前4000年ごろ、
古代メソポタミアの人々は、女神イシュタルが自分の息子であり、かつ恋人である青年を探しもとめる旅をものがたる。 青年の不在が土地に荒廃をもたらし、人々の悲哀を広げたからである。

古代バビロニアの讃歌 では、
青年は色褪せたタマリスクと柳の木に例えられる。

紀元前7世紀ごろのギリシア人は、
彼を崇拝の対象とし、アドニス(主(ロード)の意)と呼んだ。
アドニスは没薬(ミュルラ)の樹から生まれたという。
その樹皮は10カ月の懐胎期間を経て破裂することで知られている。

タマリスクとは
英名Tamarix  和名 御柳 ギョリュウ (ヤサシイエンゲイ)

https://en.wikipedia.org/wiki/Tamarix ギルガメシュの叙事詩では、ギルガメシュの母親、女神ニンソンが「タマリスク」の風呂で洗礼を受け、エジプト神話のオシリスの体はタマリスクの木の中に隠される

ミルラとは
カンラン科コンミフォラ属の樹皮。生薬としてうがい薬などに含有。「没薬(もつやく)」ともいう。
コトバンク(出典 小学館デジタル大辞泉)

me タマリスクとミルラについては、検索すると、こんなであった。以下は文献参照・・

「聖書の植物」 (H&A・モルデンケ)p161

モツヤク(没薬)

雅歌5章5-13節
「そのほおは、かんばしい花の床のように、かおりを放ち、そのくちびるは、ゆりの花のようで、没薬の液をしたたらす。」

出エジプト記30章23節
「あなたはまた最も良い香料を取りなさい。すなわち液体の没薬五百シケル、香ばしい肉桂をその半ば、すなわち二百五十シケル、におい菖蒲二百五十シケル」

マタイの福音書 2章11節
「そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた」

ヘブライ語ではモウール。ギリシア語ではスミュルナ
多くの場合コンミフォラ・ミルラ(Commuphora myrrha)を指していることは間違いがない
近縁 コンミフォラ・カタフ(C.Kataf)
これら二種の没薬を分泌する植物は、低木で、太い、堅い枝を持ち、棘があり、岩場、ことに石灰岩の丘陵地帯に生育する
葉は三小葉からできていて、果実は卵型でスモモのようです

矢印カンラン科(Wikipedia)    

木材と樹皮には強い芳香があって、ゴム状の樹液は、自然に幹や枝から分泌しますが、人的に切れ目を入れれがさらに量が増加します

東洋諸国では、香料、香水、薬として高く評価されています

ウエブスターの辞書によれば myrshophore (没薬の運び手)という語は、イエスの墓に香料を運んだすべての女性女性、ことにマリアたちを指すという
ダビデがその香りを歌でたたえ、ソロモンが多いに香りを楽しんだといいますから、ヘブライ人が、没薬を香水として高く評価していたことが判ります
精油の成分の一つで、アロエ、ニッケイ、シナモンと合わせて、家庭用香水の成分にも利用された 

古い言い伝えによると、キプロスの王の娘ミルラが、父への不道徳な恋にさいなまれ、王の命令でアラビアの不毛の砂漠へ追放されましたが、ここで神々の手で没薬の木に変えられた彼女は、この姿のままで、後悔の香りのする涙を流し続けるのだという

多くの権威が聖書の「没薬」は決して純粋ではなく、没薬とラダヌム(ladanum) の混合物だったと考えている

コンミフォラ・ミルラ(Commuphora myrrha)

https://en.wikipedia.org/wiki/Commiphora_myrrha

ラダヌム(ladanum)

Citlus lacaniferus L. ロックローズ(ハンニチバナ科)
Cistus April 2017-1


神話・伝承事典 (バーバラ・ウォーカー)P564

Myrrhミルラ(没薬)


キリスト教神話の2つの決定的瞬間であるイエスの誕生と死の場面に没薬としてあらわれる 
ミルラは又、「母なる死」でもある神秘的な処女母を表した

没薬のミルラはアドニスの儀式では、催淫的な香料として用いられた 

ミルラは東洋では死の精霊の名であるマーラのエンブレムであった 

初期キリスト教時代には、キリスト教徒でさえミルラは神の死と再生を意味し、神の聖なる母と同一のものであった 

me 「ミルラは東洋では死の精霊の名であるマーラのエンブレムであった」と ある件は!? 確認できていない
下の図の木は菩提樹Ficus religiosa で仏陀の象徴 
(かってはブッダを直接描かなかった)


L'assaut de Mara
仏陀(菩提樹、 樹下の仏座で象徴)を誘惑するマーラ

 

Birth Of Adonis

me
Birth Of Adonis
アドニスがミルラの樹から誕生する図、
この題でウィキメディアに挙げられている図は、45の絵画があるようだが・・ (wikimedia)
ロジャー・クックの本に掲載の図は、20180319現在見あたらなかった

しかし、こちら(考古学ニュースネットワーク) や、こちら(lost-history.com)に白黒であり、後者では、1~2世紀のアポロドーロス(Apollodoros)の『ビブリオテーケー』(ギリシア神話)に初出とある。

Adonis is said to have been born from a myrrh tree after his mother Myrrha was turned into one, according to the first or second century author Pseudo-Apollodorus.

カラーはこちら Getty Images Birth Of Adonis

ウィキメディアにある、掲載の図版に似ている図像
16世紀のウルビノの鉢
「urbino majolica、Myrtle plate」
Ngv, maiolica di urbino, piatto con mirna partorisce adone, 1550

Ngv, maiolica di urbino, piatto con mirna partorisce adone, 1550

Birth of Adonis, Ovid: Metamorpheses X, Italian Earthenware Dish, 1541.
Theias strikes a tree with an arrow, which bursts open and Adonis emerges.
Possibly painted by Francesco Durantino, Urbino, dated 1541, tin-glazed earthenware painted wtih colours and lustred. Artist Unknown. (Photo by CM Dixon/Heritage Images/Getty Images)
Monte bagnolo (pg), francesco durantino, rinfrescatoio con scene d'amore tra divinità marine, 1549, 2


アト・ド・フリース (イメージシンボル事典)P7

アドニス(Adonis)

1.フェニキア起源の語で「主」lordの意
2.瀕死の自然神(特に植物神)
3.ミュラ(Myrrha)は父親との近親相姦により身ごもったのち、没薬の木(ミルラ)に変えられ、10カ月後に、その裂けた幹からアドニスを産み落とした(オビディウス「転身物語」10,312~)
4.植物神としてこコレ(Kore)に対応し、1年の3分の1をデメテルと過ごし、別の3分の1をビーナスと過ごす。
*イノシシに殺される場合は、野猪神であることを示す(自己犠牲神のテーマ)
*アドニスは自然美の擬人化であり、ビーナスは女性美の擬人化

アドニスの庭(Adonis Garden)

1.チシャとかウイキョウといった、成長は早いが短命な花が咲く庭のこと 
そうした花は8日間手入れされたのち、しおれに任せてアドニスの像とともに、豊饒の祭りのときに海に投げ込まれる
2.この花はアドニスの早い成長・死・再生の象徴・「喜びの園」とも呼ばれる

ハンス・ビーダーマン(世界シンボル事典)012

アドニス

ギリシア神話に登場する人物で、美青年の典型的なシンボルとされる。
神話によれば、アドニスはアプロディテの恋人であったが、凶暴なイノシシに殺される。
その際アドニスが流した血からはアネモネ、バラ、ないしはフクジュソウ(ヨーロッパには赤い花をつける種がある)が生え、アドニスは冥府へ下ったという。
そこでアプロディテはゼウスに、1年のうちいくらかは冥府で過ごさねばならないとしても、春には自分の元に戻ってくるようにしてほしいと嘆願した。
植物が毎年繰り返す生育と枯死のサイクルを象徴している。

0 Monument funéraire - Adonis mourant - Museu Gregoriano Etrusco
Museu Gregoriano Etrusco
Sepulchral monument of a dying Adonis, polychrome terracotta, Etruscan art from Tuscana, 250–100 BC

神話・伝承事典 (バーバラ・ウォーカー)P7

アドニス(Adonis)


ギリシア語で、セム語のAdonai(主)に相当する。
去勢されて生贄とされた救世主―神
愛と死の神
エルサレムでは、タンムーズ(Tammuz)

神を去勢するとは
穀物を刈り取ることを擬したもの

アドニスは、繁茂と豊饒のすべての神々と同様、周期的に死んで再生した。 アドニスの再生は大地の子宮から芽生えることであった

ケルノス あるいは
「アドニスの庭」

Kernos Melos Sevres 3552
Kernos, Early Cycladic III–Middle Cycladic I (Phylakopi I-II, ca. 2000 BC). Found in a tomb in Melos.

毎年、ケルノスkernosu(小さな壺を数多く結合した祭儀用陶器)あるいは「アドニスの庭」と呼ばれる聖なる壺に小麦やキビの種をまき、復活祭に芽がでるようにした


『魔術パピルス写本』(初期キリスト教時代に広く流布していた呪文などを集めたもの)ではイエスとアドニスの名前は、いずれも、名前の魔術としては同じ効果を発揮した
主(Adnai)は最高神で、奇蹟を行なうことができる「真の名前」を持っていた
数世紀後、キリスト教会は「主」を悪魔だと宣言した



me 古代エジプトの植物神は、オシリスの苗床(穀物ミイラの小棺)等を見ました・・(エジプト神話

タンムズ(タンムーズ)は
フレイザーの「穀物神」

M.ルルカー「聖書象徴事典」  で見ましたが、イメージ事典などの記述は以下に抜粋・・


タンムーズ

アト・ド・フリース (イメージシンボル事典)P7

タンムーズ(Tammuz)

1.枯れながら再生し続ける植物のように毎年死んでは再生するシュメールやバビロニアやアッシリアの神である
2.タンムーズ―オシリス―アドニスとその処女の妹イシュタル―イシス―アフロディテとの関係は、大地母神と太陽(すなわち春―豊饒の乙女)から生まれ、その同類である黄昏―収穫の乙女の腕の中で死ぬ太陽との関係を示している。
3.星の群れの羊飼い(=月)であり、灌漑の神である

神話・伝承事典 (バーバラ・ウォーカー)P766

タンムーズ(Tammuz)


タンムーズは、ディオニュソス・リーベルすなわちアドニスのヘブライ版でローマ人はタンムーズをユダヤ人の主神と呼んだ。

しかしタキトゥスの考えによれば、ユダヤ人はリーベル崇拝をやめた。
なぜなら、リーベルが「ユダヤ人の宗教が無味乾燥で卑しいのに対して、陽気で楽しい宗教を確立したからである」(Tacitus,660)

タンムーズはユダヤ人がバビロンから取り入れたものであるが、タンムーズの起源はバビロンよりさらに古い
彼は初めは、シュメール人の救世神ドゥムジ(唯一の息子)またはダム(血の息子)であった。
より古い時代の「救世主」と同じく、タンムーズは結局は、キリスト教の中では悪魔とされた。


ハンス・ビーダーマン(世界シンボル事典)p121

me タンムズの項はなく、アドニスの項の他、
木の項に 以下の2行があるのみ

シュメールの植物神ドゥムジ(アッカド語ではタンムズ)は生命の木として崇拝された

「世界樹木神話」 p219  矢印ジャック・ブロス

me ジャック・ブロスの「世界樹木神話」では
「第5章 神樹の死と再生」の 第5節にある

アドニスあるいは没薬(ミルラ)

プリュギアの神アッティスは、その血みどろの儀礼に躓いたギリシア人たちから決して認められることはなかったが、アドニスの方は快く迎え入れられた
アドニスの神話は、紀元前5世紀前半の、ヘロドトスと血縁関係にあったハリカルナッソスのパニュアシスの手になるテキストによってとりわけ知られている


フレイザーは「アドニス」の中で、この祝祭(アドニア祭)は 春に行われたもので、その地方ではアドニスを象徴する花である赤いアネモネが咲く時期であると主張する 
彼は自分が主張した他の多くの神々に対してと同じように、アドニスの中に春の目覚めの神を見ようとするからである
この神話解釈についての万能概念こそ、ジョルジュ・デュメジルとクロード・レヴィ=ストロースの業績に基礎を置いた人類学派が疑問視したものに他ならない

ドゥティエンヌの『アドニスの園--ギリシアの香料神話』によれ、ばこの祭りが行われたのは春などではなく、七月二十日頃の土用のころであったという
有名な「アドニスの園」すなわちウイキョウ、コムギ、オオムギ、レタスの種子が、数日間そして時期外れに発芽されていた粘土製の簡素な小鉢は、「不毛な」栽培、「軽薄な」栽培に他ならず、これらは祝祭の間許されるつかの間の性的関係とセットになっていたという

ドゥテエンヌ氏はアドニスそのものでなく、アドニスが古典期ギリシアで果たしていた役割を扱っている

没薬は香料として以上に防腐処理に不可欠なものとしても使用されていた
樹木から誕生するアドニスについては、その木の産物、両義性を備えた没薬そのものである

ミルラの樹は、ギリシア人の誰一人として、一度たりとも目にしたことのなかった樹木であり、知っているといえばその産物のみであった それも遠くから、シバの女王の王国である伝説の国からはるばると中継されてもたらされるもの それがゆえに、それらの収穫については、伝説的であると同時の危険でもあるあらゆる種類の動物を、身の毛もよだつ光景の中で活躍させる突拍子もないお伽話の対象となっていた


me 非常に意味が取りにくかった・・著者が文学的で饒舌なのは相変わらず・・
マルセル・ドゥティエンヌ(Marcel Detienne、1935年 - ) に一応共感しているらしいが、結局

「ドゥテイエンヌ氏は、アドニス神話のいくつかの側面を故意に退けている。」それに対し、「本書は全く別の観点に置かれている」というが・・!?

アドニスの園--ギリシアの香料神話』
小苅米晛, 鵜沢武保(訳)(せりか書房, 1983年)
腰巻に曰く

「幾多の愛の遍歴の果てに短い生涯を終えるアドニス―このギリシア神話きっての美少年のうちに植物の死と再生を見るフレイザーを批判し、比較神話学の最前線から香料と供犠の分析を軸に全く新たなアドニス像を描き上げるレヴィ―・ストロース絶賛の名著」

いやぁ~~絶賛ですか‥構造主義がよくわからない私メである・・
このタイトルで、目に入ったもの
アドニス園について金 龍洙 (CiNii収録論文)


ルルカーの「聖書象徴事典」神名

me M・ルルカー 「聖書象徴事典」の唐草関連項目を読むというページから、アドニスの部分を再掲

アドニスAdonis

もとフェニキア・シリアの農業神 死と復活の神 
ギリシア神話では、ミルラの樹と化した母親から生まれた美少年で、アフロディテに愛される。狩猟の最中にイノシシにつかれて死んだとき、その血からはアネモネが、アプロディテの涙からは薔薇が咲き出た 一年の半分をこの世で、半分を陰府で過ごす

me 最後に「英米文学植物民族誌」(加藤憲一著 冨山房1976)をみると、マタイの福音書の他にミルトンの詩が挙げられていた

Myrrh(ミルラ)

May thy lofty head becrowned
With manya tower and terrace round,
And here and there the banks upon
With groves of myrrha and cinamon.
―Milton:Comus,934-7
(anatanokedakaiatamaga

あなたの気高い頭が多くの塔や庭で飾られ
堤のあちこちにはミルラや肉桂の林が茂りますように

me 以上である。アドニスのキーワード、「美男、猪、変身、花」のうち、花の部分は、「短命な花の咲く」アドニスの園ということで、もう少し続くが・・
矢印こちらへアドニスの花

me 次は、M・ルルカーの『シンボルとしての樹木』へ。この絵のように興味深いイメージがたくさん見られる

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