小学館世界美術大全集(1997) 西洋編3
・エーゲ海とギリシア・アルカイック
テーマ特集
ホメロスの『イリアス』で言及される空想動物は、ケンタウロスとキメラだけだという。
以下は、小学館世界美術大全集から、「ギリシア神話の空想動物とその図像」についての目次読書を。
著者の
前田正明さんの専攻はギリシャ美術、西洋陶芸史で、この2015年10月に83才で亡くなったそうである。(20151129記)
紀元前8世紀:ホメロスより少し後の
ヘシオドス「神統記」(Theogonia) は、
オリュンポスの主神ゼウスの徳と力を強調し、彼に対抗した他の民族を無知、野蛮な民族とみなしている。
ギリシア神話の原初の生成からゼウスに至るそれぞれの時代の神々と英雄たちの誕生と、そこに登場する怪獣・怪物たちの血縁とその系譜が網羅され、他に類例のない資料
(1)原初の生成
カオス(混沌)
ガイア(大地)
タルタロス(冥界)
エロス
(2)生成 その1
カオスの子
ガイアの子
(3)生成 その2
ニュクス(夜)の子
ポントス(海)の子
(4)生成 その3
ポントスの孫
ウラノス(天)の孫
(5)生成 その4
ゼウスとその子
以上は、廣川洋一訳 『神統記』 (岩波文庫)、解説によるという。
『神統記』は、紀元前700年頃の古代ギリシアの詩人ヘーシオドス作の叙事詩である。ヘクサメトロス1022行からなる。冒頭の記述からヘーシオドスの処女作とされ、30代前半の作品と推定される。原題の「テオゴニアー」は「神々の誕生系譜」を意味する。(wikipedia 閲覧20151130)
確認事項
ホメロス:紀元前8世紀?
ヘシオドス:紀元前700年頃
ヘロドトス:紀元前485年頃 - 紀元前420年頃
ガイア(だけ)の子のウラノス、
そのウラノスとガイアと子のクロノスと、
同じくウラノスとガイアの子のティターン神族の娘のレアーとの、
6人の子の末っ子: ゼウスが神々の支配者に
ゼウスは、
兄のポセイドンを海の神に、
ハデスを冥府の神に
姉のヘラを女帝・結婚出産の女神に
デメテルの農業神に、
ヘスティアを竈の神に任じた
ゼウスの
6人の子供たち
アポロン:学芸神
処女神アルテミス:動物の保護者
ヘファイストス:鍛冶・工芸神
女神アテナ:戦争・知恵の神
アレス:軍神
アフロディテ:美と生殖の神
ゼウスを主神とするオリュンポスの神々のヒエラルキーを確立
すべて人間の姿で表現され
持物(じもつ):
王笏(おうしゃく)、
三叉の戟(さんさのげき)など、
聖鳥や聖獣:鷲・梟・鳩・鹿などによって識別される
大地母神ガイアは 自ら生んだ天空神ウラノスとの間に、
ポントスや、
ティターン族(のちに太陽神ヘリオスや月神セレネの父となった、ヒュペリオンやクロノスら6人の男神、クロノスの妻となるレアーら6人の女神)を生む
続いて、
3人のキュクロプスたち(額の真中に丸い目が一つしかない)
3人のヘカトンケイル(百の腕を持つ男)
ガイアとその子ポントスの間の子、ネレウス、フォルキュス、ケトら5人の海神
ガイアとタルタロスの子て、テュフォン、エキドナ、カリュプティス、ハルピュイアなどの怪物の母となった。
これらガイアの産んだ子供たちは、全て原初の巨人族とされる
この巨人族とその呪われた運命の怪物・怪獣は数百にものぼる、
必ずしも鳥獣ばかりでなく、上半身は人間で下半身が鳥獣の姿をした空想的な生き物も少なくない
(以上、「世界大美術全集」Vol.3-325-326 (by前田正明)より引用)
※キュクロプス
ここで、やはり、獣頭人身でなく、人頭獣身ということが、より怪物性をあらわす条件だろうと考えるのである・・・
本題の恐るべき空想動物
特に注目したいのは、多くの怪物を生んだエキドナ(海人フォルキュスとガイアの子、もしくはタツタロスの子)
上半身はきらめく目をした美しい女で、下半身は巨大で体に斑(まだら)があり、大地の奥底に潜んで生肉を食べる大蛇
ガイアがタルタロスと交わって生まれた百の竜の頭を持ち山より高い怪物テュフォンと交わり、
三頭三身の怪犬オルトロス
三つの首と青銅の声を持つ冥界の番犬ケルベロス
シルネー湖の水蛇ヒュドラ
頭と胴は獅子、尻尾は蛇、背中に山羊の頭部があり、水を吐く怪物キマイラを生む
オルトロスと交わって、上半身が女性、下半身が獅子となったスフィンクス
ネメアの粗暴な獅子
コルキスで金色の羊皮の番をしていた竜 ラドン
西方ヘスペリデスの園の林檎の番をしていた竜を生んだと伝えられる
エキドナを特定する作品は残っていない人頭蛇身の怪物は一般的な意味でのギガントマキア(ギリシアの神々と巨人族の戦い)を視覚したもの
テュフォンの図像はいくつかあり最も著名な例は、アテネのアクロポリスの古アテナ神殿の西破風の彫刻:前6世紀後半
上半身が有髯の3体の人物、下半身が絡み合った蛇で、火と熱風の化身
彩色された髯や髪、眼、下半身の鱗、アルカイックスマイル
→テュボン=テュ-ポーン greece/typhon.html
エキドナの生んだ怪物たちのうち、たまたまスフィンクスとキマイラを除いて、ほかの怪物たちはすべて英雄ヘラクレスに退治される
ティリュンスの王エウリュステスがヘラクレスに命じた十二の難業のうち五つを占める
図272 ヘラクレスとケルベロス 前530年頃
チェルヴェテリ(古名 カエレ)出土 陶器 高さ43cm パリ、ルーブル美術館蔵
Herakles and Kerberos.
Frome Cerveteri .Musee du Louvre Paris
→ケルベロス zusyo/inu_panofsky.html
ギリシアの神話伝説は、ホメロス、ヘシオドス、アポロドロスの記述を比較視点も明らかなように必ずしも一様ではない
古代ギリシア人を震撼させたゴルゴンの3姉妹の一人、怪女メドゥーサは、醜悪な顔で頭髪は蛇、猪の歯をもち、その目は人を石に化すと信じられていた
彼女はポセイドンと交わり、その子を宿した。英雄ペルセウスが女神アテナの助けを得て、彼女を退治したとき、大地に落ちた血の滴りから遊弋のペガサスとクリュクサオルが生まれたと伝えられる。
ポセイドンは馬の守護神でもある。
コルフ島のアルテミス神殿西破風、シチリアのセリヌンテC神殿メトープの浮彫は英雄ペルセウスのメドゥーサ退治とペガソス誕生の貴重な作例である
メドゥーサは古くより大地母神、厄除けの力があるとされ、有翼で、その下半身を蛇とする図像も残されている
天馬ペガソスはゼウスの雷霆をはこぶ役「となったが、コリントスのペイレーネの泉で水を飲んでいたとき、英雄ベレロフォンに捕えられ、英雄に従うことになった、ベレロフォンはペガサスにまたがり、キマイラを空中から倒した。
法隆寺の唐代の鳳首(ほうしゅ)の銀瓶(現東京国立博物館蔵)にもペガソスの浮き彫りが施されている
キマイラと同様にオリエント由来の怪物、頭部が鷲、胴部は有翼の獅子、足は獅子もしくは鳥のグリフォンは、オリエントの奥地リーパイオス山脈中に住み、黄金の番をしていた怪物とされる。
この怪物に関する神話は少ないが、アポロンの聖獣とされ、クノッソス宮殿の壁画にも描かれる
グリフォンに関連して、オリエント由来の空想動物に人頭獅子身のスフィンクスがいる。
ヘシオドスでは彼女は太古の怪物でテュフォンの子とされているが、きわめて古い時代にエジプトからギリシアに伝えられた創造物。
キマイラ、グリフォン、スフィンクスは鳥頭もしくは人頭獅子身の空想動物で明らかにオリエント起源。ギリシアの自然環境では獅子は存在しえない。
ギリシア特有の空想的創造物は、人頭馬身のケンタウロスと牛頭人身のミノタウロス。
前者はギリシアの北部から中部にかけてのテッサリア地方の山中に棲んでいた部族集団。
数多くのケンタウロス伝説を網羅した文献は、前2世紀のアポロドロスの『ビブリオテカ』と前1世紀のオウィディウスの『変身物語』(メタモルフォセス)
ケンタウロスの図像で興味深いのは・・・⇒(こちらへ)
上記の二つの空想上の動物のほかにも、海馬ヒポカンポスや人頭魚身のトリトン、人頭鳥身のセイレーンやハルピュイアもギリシア本来の空想的創造物とみなすことができる。
というのも、オリエントの先史文明の空想動物には、鰐や河馬など川や沼地に生息する動物と人間を合体させた聖獣が知られるが、海棲動物はほとんど見られないからである、これこそはオリエントの砂漠の文化と海の文化との違いであろう。
図273 ペガソス 前575年頃
クレタ島出土 ブロンズ14.4×23cm ギリシアイラクリオン考古博物館
Pegasus,From Creta Arcaeological Museum,Iraklion
ギリシア神話の世界では際限なく多様なく想像上の創造物が登場する。
このほかにしばしば美術作品に刻まれているものに、
毛深い有髯の額に角を持ち、下半身が山羊のパン
馬の耳、足を持つ身に食う老人の知れの巣、
同じ森の精でも下半身が山羊のサテュロス
(デュオニソスの従者)
ギリシア神話に登場する空想動物や怪獣たちの多くは、英雄たちの勇猛な戦いの敗者として語られる悲しい存在である。
ヘシオドスも述べているように、彼らは神々や英雄たちの光明や知性に対して野蛮、凶悪の象徴として語られている。
彼らの醜悪な形相は、彼らが神と競うことにより罰として変身させられたケースも少なくない。
自然現象に対する原始のアニミズムからこれを擬人化することによって創造されたもの:
ギリシアの主神ゼウス(雷霆を投げ雲を集める神)
スキュラ(渦巻く海峡を象徴する怪物)
ハルピュイア(旋風を擬人化)
テュフォン(火山を象徴する)
ギリシア人がこの地に到来し、先住民族との長い闘争と新旧民族の交代による歴史的民族的背景から生まれた(敵としての太古の神話):
ギガントマキア(下半身が巨大な蛇となった巨人族とギリシアの神々との戦い)
宗教的感情、神話性、寓意の象徴としての文学的、心理的な体験からの変身譚を神話に託することで大衆の神や英雄への帰依と理解を容易ならしめた もの
先史オリエント世界から伝えられた空想上の創造物に、新たな創造を加えることによって神話に組み入れられたものも少なくない 。
「ギリシア神話の空想動物とその図像」のまとめは以上であるが、大変有益であった・・
又各頁で詳細を見たいと思う。