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中国の神話・伝説
『中国の神話伝説』
(袁 珂著, 鈴木 博 訳– 青土社1993/4/1刊)
『中国の神話伝説』
『中国の神話伝説』目次
|まえがき
| 序論篇|
| 開闢篇|
黄炎篇|
尭舜篇|
羿禹篇|
夏殷篇|
周秦篇|
|中国年表と漢籍 |
索引|
第五章
伏羲の後裔
廩君と四部族との闘争
投剣
飾り立てた泥舟に乗る
塩水の女
神の虫による包囲
廩君、塩水の女神を射る
廩君、夷城を築く
伏羲の後裔としては、西南の巴国がある。
伏羲が咸鳥を生み、咸鳥が乗釐を生み、乗釐が後照を生み、後照が巴国人の始祖になった。
巴国は天梯の建木から遠くないところにあり、
その近くに流 黄辛氏、
あるいは流黄鄧氏という国がある。
その国は、周囲三百里に山と川がめぐり、俗塵から遠く離れ、すがすがしく、
広大で、仙境のようであるというが、巴国も大差ないであろう。
AI による概要
巴国(はこく)は、古代中国の長江上流(現在の四川省東部から重慶市周辺)に存在した非漢民族(巴族)による国家・地域です。
殷・周の時代から存在し、紀元前316年に強国である秦に滅ぼされるまで、独自の文化を築きました。
巴国に関する重要なポイントは以下の通りです。
位置と領域:現在の重慶市を中心に四川省東部から湖北省西部にまたがる地域
「蜀」との関係:四川盆地の東側(重慶周辺)を「巴」、西側(成都周辺)を「蜀」と呼び、古くは隣国でありながらライバル関係にありました。
歴史と滅亡:春秋戦国時代には強力な勢力を誇り、王を名乗るまでになりましたが、紀元前316年に蜀とともに秦の侵攻を受けて滅亡しました。
文化と伝説:歌や踊りに長け、勇猛果敢な軍隊を持つことで知られていました。
また、神話上の君主である伏羲の子孫によって作られたとも言われています。
巴国―zh.wikipedia最古の記録は、『山海経:内海経』に見られる
baike.baidu.com 紀元前316年に巴国(はこく)が秦に滅ぼされた後、この地域が被った歴史的・地理的な影響は非常に重大でした。秦による統治と開発は、中国全土の統一を早め、現代の地域文化の基礎を形作りました。主な影響は以下の4点に集約されます。
1. 秦の中華統一における「最強の兵站(へいたん)基地」 秦は巴国を滅ぼしたのち、この地に「巴郡(はぐん)」を設置しました。水運の利:長江水系を利用した大量の物資・食糧の輸送が可能になりました。統一の足がかり:隣の「蜀郡」が穀倉地帯として食糧を供給し、東の「巴郡」からは長江を下って南の大国「楚」へ軍を進めることができるようになり、秦の中国統一(紀元前221年)を決定づける戦略的拠点となりました。
2. 都市「重慶」の誕生と発展
巴国の滅亡は、現在の巨大都市である重慶(じゅうけい)の歴史の始まりでもあります。重慶初の築城:秦の将軍・張儀は巴国を滅ぼしたあと、長江と嘉陵江が合流する半島状の地(現在の重慶市中心部)に「江州城」を築きました。これが重慶における最初の都市計画となりました。行政区画の継続:秦・漢の時代を通じて「巴郡」の中心地として栄え、これが現代の重慶市へとつながる地理的枠組みを形成しました。
3. 「巴蜀(はしょく)文化」の一体化と漢化かつては独立していた東の「巴」と西の「蜀」が、秦の郡県制のもとで同じ統治下に置かれたことで、一つの地域概念「巴蜀」として融合していきました。
4. 後世の英雄たちの「再起の地」へ巴の地は山々に囲まれた険しい要害でありながら、豊かな物資を持つため、後世の歴史でたびたび新しい王朝の拠点として選ばれました。前漢の劉邦:秦が滅びた後、劉邦は「漢王」として一度この巴蜀の地に左遷されましたが、ここを強固な基地として国力を蓄え、項羽を破って漢王朝を築きました。三国志の蜀漢:劉備や諸葛亮が拠点とした「蜀(蜀漢)」も、この巴・蜀の地を合わせた「益州」を基盤に魏や呉と渡り合いました。
巴人の自然神話には、「比翼齊飛」、「巴蛇象を吞む」、「白虎神話」がある。
巴人の神女伝奇には、「巫山神女」、「塩水神女」がある。
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Modified:2026/05/30
Last Modified:2026/05/30
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