「中国シンボル・イメ-ジ図典」 (東京堂出版2003)によれば、 中国の四・九のイメージは,日本の4(死)9(苦)と全く違う、というので驚きます。・・・
世界を「四海」と言う。(孟子)
甲骨文字では一、ニ、三の次の四も横線4本だが、四分之形に象る【説文解字】
方形、まとまり、そろっていること。
九は竜の象形に通じ縁起がよく、「久」と同音で、不老不死に通じる。吉に満ちた数。
日本人には、四は「死」、九の方は「苦」に通じ、忌み嫌うが、 中国は、四、九に、日本人とは極端に対照的な吉凶感がある。
中国の獣帯、十二支を見てきて、十二という数をチェックしたが、参照した井本 英一「十二支動物の話 子丑寅卯辰巳篇 」(法政大学出版局1999)https://www.karakusamon.com/2013k/midosi.htmlの「動物転生譚の諸相」の続き
中国では周時代から季節の変わり目、宇宙の体現者である皇帝の生と死の変わり目である大葬の時、追儺(ついな・おにやらい)が行われた。
主役は、四角い顔をして、黄金の四つ目を付け、頭部に熊の毛皮をつけた面を被った方相氏で、十二神獣(窮・奇・祖・明などの名をもつ)と120人の侲子(しんし)を従えた。
十二神獣にはみな毛皮と角があった。聞きなれない名で呼ばれており、その形姿からすると十二支獣でもなさそうである、死者が転生する動物である。季節の更新や死者の再生は、死を追放することで、死は化物者や悪疫で表象された。
http://www5.ocn.ne.jp/~yosida/
■京都の節分祭で一番盛大なのが、「吉田神社」(毎年2月2日)(from京都見聞録)
四角い顔で目が四つ
・・・四角と言うと、・・加藤徹によれば、中国人は魂を四角と考えていたという。日本人はころころ転がる丸いものと考え、西洋人は心臓形のハート・・気になりますね。
(出典、後で記入(~_~;))
眼が四つというのは、境界の生き物で、あの世とこの世を見る目という解釈・・以下に
イランとインドに伝わる十変化の伝承
新しい例
ゾロアスター教(多神教。主神アフラ・マズダ―)の
ウルスラグナ:勝利神=インド語ヴリトラ(ウルスラ塞き止める者)ハン(打つ者)
ヴリトラハンはインドラ(帝釈天)につく形容辞、蛇殺しインドラを讃える
インドとイランは、宗教的には全く反対の立場で、インドでの神はイランの悪魔、イランの悪魔はインドの神
インドの善神インドラを讃える形容辞はイランでは悪魔を讃える形容辞、しかしゾロアスター教では勝利神の神格で『アヴェスタ』の中に讃歌があり。他に、インドのミトラはイランでは悪魔視されるはずであるのに、重要な神格と見なされる。
ミトラは古代イランではミスラと言った、前四世紀から中期イラン語のミフル、指小辞のつミフロクという言葉が東西に広がる、
ミフロクは弥勒と漢訳されて仏教の体系にとりいれられた。
勝利神 ゾロアスター教のウルスラグナは十度変身する。最初の姿は風(=空を飛ぶ鳥)、金の角のある牡牛、金色の耳のある白馬、雄駱駝、牙を持ち斑の顔の猪、15歳の少年、ワールガン鳥、湾曲した角をつけた野生の雄羊、山羊、戦士。
ヒンズー教のヴィシュヌには十の化身がいる、魚、亀、猪、人獅子、侏儒、斧ラ―マ、ラ―マ、クリシュナ、覚者(罪なき動物を救うために生まれた)、カルキ(白馬に跨って表れる救世者)
かってイランでは出産のとき、猿回し、熊使い、山羊飼いが産室を訪れて産婦を祝福した。これらの猿、熊、山羊はトーテムとされた時代があったことは間違いない、祖先の魂は、これらの動物に転生し、人間の子供として生まれ出るものと考えられたのである。
昔中国では、正月の六日間毎日別の動物を殺して魔よけとし、七日の「人日」を迎えた。
庶民は本物の動物(鶏、犬、羊、豚、牛、馬)の代わりに、歳末の歳の市で桃板に描かれた六枚の動物の歳画を買い求め、
元日から一枚一枚、門柱に付け替えた。=
正月六日間は死の儀礼をおこなった
殺す⇒殺さない(6世紀の中国の歳時記では逆になっていた)
古代エジプト人は、人間の魂は陸に棲むもの、海に棲むもの、空を飛ぶものと、あらゆる動物を一巡し、三千年経って再び人間の体内に入ると考えた(ヘロドトス『歴史』2-123 岩波文庫)・・この伝承は世界最古の輪廻転生の考え方の一つ
女神と共に描かれる文様も興味深い。下は卍文である
Winged goddess with a Gorgon's head wearing a split skirt and holding a bird in each hand, type of the Potnia Theron. 大英博物館=British Museum plate