唐草図鑑
唐草とともに 

歴史学:アッシリア学

紀元前3000年紀~前1000年紀

歴史学の現在 古代オリエント』を読む(斜め読みで)
前田 徹、小野 哲 他著 山川出版社 (2000/08)
Reseaching THe Past: New Perspectives in Assyriology

文明発祥の地メソポタミア。シュメール時代からアケメネス朝ペルシア時代まで、紀元前の西アジアに花開いた古代文明の姿を、最新の研究動向を紹介しながら、わかりやすく解説した入門書。(卒論・修士論文を準備する学生・高校教師向け)


Ⅰ.総論 
1.アッシリア学史

楔形文字の解読 名称使用は、E・ケムぺル 1712~※1
19世紀前半G.F.グローテフェント:アケメネス朝の碑文のペルシア語から解読開始※2
H・C・ローリンソン:べヒストゥンにある磨崖碑文を写して解読※3
19世紀中頃:ニネヴェやドゥル・シャルキンの発掘競争(仏英)
アッカド語の解読 「アッシュル・バニパル文庫」(粘土板文書群)の辞書類

1877年フランス隊によるシュメール文明の存在の確認
テッロー(シュメールのラガシュの発掘)
~20世紀20年代・・米英独による、ニップル、ウル、ウルクの発掘

ボアズキョイのヒッタイト遺跡の発掘(インド・ヨーロッパ語族)
古代の西アジアがいかに多くの民族と言語が存在する坩堝であったか
・・シュメール語、アッカド語(バビロニア語、アッシリア語)、フリ語、ヒッタイト語、ウガリト語、ウラルトゥ語、ペルシア語、エラム語など

海外のアッシリア学研究 19世紀末までに整備された
(大学における後継者養成機関の設立、学術雑誌の発刊)
発掘によって出土した楔形文字粘土板文書の代表的な所蔵機関は
大英博物館(英)、イスタンブル博物館(トルコ)、ルーブル博物館(仏)、ベルリン博物館(独)イェール大学(米)、ペンシルヴァニア大学博物館(米)、バグダード博物館(イラク)・・粘土板文書の多くのは書庫の中で研究されるのを待ち続けている、 利用できる粘土板文書は数万点とも数十万点とも数えられる

楔形文字の例 
※1E・ケムぺル Wikipedia楔形文字の項も引用している
英語では:Cuneiform script
大英博物館所蔵の楔形文字粘土板

Naghshe Rostam ZPan
※2 1802年、G.F.グローテフェント (Georg Friedrich Grotefend, 1775–1853)は、
ペルセポリスのナグシェ・ロスタムNaghshe Rostamの碑文の写本を利用
https://en.wikipedia.org/wiki/Naqsh-e_Rustam


Stone_record_at_Behistun.jpg
※3 H・C・ローリンソン:べヒストゥンにある磨崖碑文 The Behistun Inscription(紀元前522-486年)Wikipedia アケメネス朝ペルシアの王ダレイオス1世が、自らの即位の経緯とその正当性を主張する文章とレリーフを刻んだ巨大な磨崖碑。ベヒストゥン碑文がアッカド語楔形文字解読に果たした役割は、ロゼッタ・ストーンがヒエログリフ解読に果たした役割に相当する。



日本の古代オリエント史研究 第二次世界大戦前にはじまっていたが、関東大震災でバビロン学会の建物と蔵書焼失
戦後、日本オリエント学会成立
中原与茂九郎(京都大学)シュメール学の嚆矢The Sumerian Tablets in the Imperial University of Kyoto (1928)
杉勇(東京教育大学 )個人的努力による研究維持「シュメール研究会」の「Acta Sumerologica』(1979~)
江上波夫 テル・サラサ―ト発掘 『西アジア考古学』(2000~)
紀元前三千年紀から前一千年紀とは日本の縄文時代と並行する時代
古代オリエント史研究という場合、「オリエント」とという語は、ヘロドトスがギリシアとペルシアを「オクシデント」「オリエント」に二分し自由と専制を単純化して把握した視点が影響を与えている
メソポタミア文明は、人類史に置いてサヨに都市を作り、かっこを形成した文明の一つ、この文明を後世の思い込みで判断するのでなく、まずそれ自体として研究すべき

2・研究の手引き まず何を見るか
研究の現状、道しるべ
巻末にある文献案内を利用して、探し当てる芋づる式のやり方が手っ取り早い
もう少し専門的な場合:『史学雑誌』毎年5月号「回顧と展望」の「古代オリエント」を参照するとよい・・・
インターネットは;シカゴ大学のオリエント研究所(※4)
シュメール語とアッカド語の習得は必須・・京都大学、早稲田大学、中央大学、筑波大学
中近東文化センタ(東京。三鷹)古代オリエント博物館(東京・池袋)、NHK学園
古代オリエント史の編年: 研究の最後に残された最終的な目標
初期王朝時代からアッシリジ時代における相対年代の決定
(シュメール王名表、バビロニア王名表、アッシリア王名表、アッシリア・バビロニア関係史)
西暦年代表記の根拠は天文観察記録
  ・・プトレマイオスはこの方法を利用・・

Ⅱ. 
3.(この書の構成) 前三千年紀、前二千年紀前半、前二千年紀後半、前一千年紀に四等分・・国家の発展過程を捉えた


meどうも私の興味はこの辺りで断ち切れてしまいます

ウルク期:紀元前4千年紀
古代文明最古の都市文明(ウルク=現在のワルカ遺跡)
ウルク期末に文字が出現 複雑な官僚組織が出来上がる

ジェムデト・ナスル期:紀元前3200~前2900年頃
初期王朝時代:紀元前2900=前2335年)
初期王朝第3期後半から様子がわかってくる:20以上の都市国家が分立していた

アッカド王国時代:紀元前2335年~
サルルゴン
孫ナラム・シン
五代で事実上終わり

ウル第三王朝時代

me一応年表を引用しておきますが、・・・・どうも、年代学(編年史)には興味がなく、最後の文献案内までは斜め読み・・・・読みたいものは「(古代)宗教学」という分類であったのか、サソリ人間にかかわるものがあったので追記・・
「古代メソポタミアにおける混成獣グル―プ(ティアーマトの被造物)━マルドゥク神学構築と転用のための戦略的手段」 こちらからみられます:東京大学宗教学年報( PDF) 

古バビロニア時代・古アッシリア時代

中バビロニア時代・中アッシリア時代
(カッシート王朝、ミタンニ王国)

新アッシリア時代・新バビロニア時代
アッシリア帝国、新バビロニア王朝
アケメネス朝ペルシア(~紀元前331年)


meこのあと、古代のメソポタミア (図説世界文化地理大百科) M・ローフ著 松谷 敏雄 (監訳) を見てみます


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LastModified: 2013年
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