唐草図鑑
聖樹聖獣文様

中世初期の美術

サン・セルナン聖堂
Basilique Saint-Sernin(Toulouse)

 

エミール・マールの『ロマネスクの図像学』
第2章の図版・・・

図39.荘厳のキリスト、サン・セルナン、トゥールーズ
=髭のないキリスト
図40 昇天、サン・セルナン、トゥールーズ
=髭のあるキリスト
(図39との間は「10年くらいしか離れていない」)

http://www.acrossmag.com/?p=4471(中国のサイト)の鮮明な図に驚いたが、なおよく見ると、やはりWikimediaではもっと全体的なことが分かる・・
Category:Christ in Majesty surrounded by the Tetramorph in the Basilique Saint-Sernin
それにしても何と大きな聖堂でしょうか。

第6章に「聖人たちを求める旅を最も古い彫刻家たちが生まれた南仏ラングドック地方から始める」とトゥール―ズの聖セルナンがまず出てきます(p279) ・・記念記念堂(マルティリウム)

ロマネスク教会の中でも最大規模を誇るサン・セルナン教会は、ローマの神々に頭を下げなかったために、カピトリウム神殿(Wikipedia)の石段をたけり狂った牡牛に血まみれになって引きずりまわされたこの英雄の記念碑なのである

今日その教会を訪れて驚かされるのは、そこに彼の思い出を呼び起こす古い芸術作品が何一つ見い出されないことである。
昔はそうでなかった。教会の西扉口にたどりついた巡礼は、雄牛を足に踏まえてたつ殉教者を描いた十二世紀の浮彫彫刻によって迎えられたのである。

トゥルーズではもう見出せないものが他の場所に見られる。

図142 聖セルナンの殉教、 サン・ティレール修道院(オード県)、十二世紀の石棺彫刻

 

遠くモアサックの修道院回廊でも一つの柱頭彫刻が彼に捧げられている「(p283)

聖セルナンとは

wikipedia:レゲンダ・アウレア; 第167章

http://www.oriens.or.jp/st/st120222.html

聖セルナンとは、トゥールーズの初代司教とされる3世紀の殉教者聖サトゥルニヌスである。250年頃、トゥールーズに来て宣教し、聖堂を建てた。あるとき、異教の犠牲奉献を強要されて拒んだため、拷問の末に殉教したという。4世紀に彼を崇敬してこの聖堂の最古の部分が建設され、11世紀末に初期ロマネスク様式の大聖堂が建てられ、サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路教会としても重要になった。

 「荘厳のキリスト」(ラテン語で「マイエスタス・ドミニ」)とは、中世初期および盛期に頻繁に造られた天上の玉座に座すキリスト像をいう。四福音書を象徴する4つの生き物に取り囲まれているように描くのが特徴である。玉座の主と4つの生き物に関しては黙示録4章1-11節が直接の典拠。さらにこの黙示録の表象自体、イザヤ6章1‐4節、エゼキエル1章1‐28節を土台にしている。ここでは、右上に人間(マタイ)、左上に鷲(ヨハネ)、右下に獅子(マルコ)、左下に雄牛(ルカ)が配置されている。

オリエント芸術の制約からロマネスクの図像を解き放つことになったいくつかの原因の中でも、特に聖人とその生涯が表現されるようになったことに注目しなければならない。聖人を表現するに当たってはもはや模倣することは考えられず、新たな創造が必要だったのである(p277)

キリスト教芸術の起源の問題

何によりも重要な事実:4、5,6、世紀にキリスト教芸術が二つ存在したこと (p82)

オリエントのギリシア的大都市(アレクサンドリア、アンティオキア、エフェソス) のキリスト教芸術
エルサレムやシリア諸地方のキリスト教芸術
それぞれの芸術は各々の性格を・定型・伝統を持っていた

ヘレニズム:初期キリスト教芸術の中に生き続けているギリシア精神の諸相を全体として指し示す便利な言葉
神学が練り上げられたのも、最初の異端が出現したのも、こう会議が招集されてのも、修道生活が始まったのも、このオリエントにおいてであった

カタコンベの芸術(葬礼芸術はオリエントのギリシア人によって創造された(p83)

リビア砂漠の大オアシスに埋没していたエル・バガウアやエル・カルゲの墳墓の内部の壁画は、長年にわたってローマ起源と信じられてきた諸テーマが実はオリエントに固有のものであったことを証明している (p83)

Bagawat.jpg
"Bagawat" by Kabaeh49 at de.wikipedia - Transferred from de.wikipedia; transferred to Commons by User:Leoboudv using CommonsHelper. (Original text : mein bild). Licensed under CC BY-SA 2.0 de via Wikimedia Commons.

http://en.wikipedia.org/wiki/Kharga_Oasisより以下引用
Libyan Desert 古代キリスト教の墓地のAl-Bagawat 古代世界で最も早くかつ最も保存状態のキリスト教の墓地の一つ

The Temple of Hibis is a Saite-era temple founded by Psamtik II, which was erected largely ca. 500 BC. It is located about 2 kilometres north of modern Kharga, in a palm-grove.
An ancient Christian cemetery at Al-Bagawat also functioned at the Kharga Oasis from the 3rd to the 7th century AD. It is one of the earliest and best preserved Christian cemeteries in the ancient world.
The first list of sites is due to Ahmad Fakhri (1905 – 1973) but serious archaeological work began in 1976 with Serge Sauneron, director of the Institut Français d'Archéologie Orientale.

http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Bagawatより以下引用

There are paintings in the cemetery which show the ark of Noah in the form of an "Egyptian barque". Also notable are scriptural representation from the Old Testament in the carvings of "Adam and Eve, Daniel in the lion's den, the sacrifice of Abraham, Jonah swallowed by a fish" and so forth.


カタコンベの芸術

ギリシアの古代的な美とキリスト教の精髄のこの結婚ほど魅惑的なものはない。初期キリスト教の無垢さ、純粋さ、柔和さを強く感じさせる もの(p85)

http://blogs.yahoo.co.jp/oy3824/61422843.html http://kunio.raindrop.jp/photo-egipt-alexmuseum.htm Catacombs of Kom El Shogafaエジプトで最大規模の共同墓地。2世紀ごろから使われていたといわれる。ファラオ時代のものとグレコ・ローマン時代のものが入り混じった独特なもの。
こちらのイメージがそれらしい・・・・http://www.venus.dti.ne.jp/~shigerui/egypt/catacomb02.htm
http://plaza.rakuten.co.jp/smurfhanaco/diary/201210100000/

ローマやアルルにあるキリスト教徒の石棺彫刻は、ヘレニズム的図像の多数の特徴を今に伝えている
石棺の浮彫は、その大部分がアレクサンドリアやアンティオキアに由来することが今ではわかっている。それらは5世紀や6世紀の美しい象牙彫刻と同じように構成されているのだから。(p85)

オリエントのギリシア人の芸術は、なおもギリシア的な古代精神に完全に貫かれていた。ギリシア人が福音書の中に見たものは、その光に満ちた側面であって、苦しみに満ちた側面ではない。
彼らはその世界にニンフたちや神々を住まわせ続けた(p86)

ギリシア人たちのキリストは30歳の男ではなく、まだ青年期にあるような髭のない若者である。
キリストは抵抗しがたい魅力にあふれた若き指導者であり、まさに、美、雄弁、優雅がそのものの詩人であった。
ただの人間ではなったことを理解させるために、ギリシア人達は、彼らが時としてギリシアの神々に与えていた丸い光輪をキリストの頭のまわりにつけねばならなかった。この光輪は、彼らがインドで最初の仏像を刻んだ時、仏陀に与えたものであった(p87)

326年の「聖墳墓」と「真の十字架」の発見@ゴルゴダの丘(エルサレム)
「アナスタシス」すなわち「復活」の円形教会(ロトンダ)の建設byコンスタンティヌス
十字架はこの時から芸術の中にとりいれられた。(p88) モンツァの香油瓶は最初のシリア芸術がどのようなものであったか教えてくれる
シリア芸術とヘレニズム芸術を分かつ特徴とは(p90)
壮年の盛りにあるシリア人、黒い髭、長い髪・・キリストは初めて彼の属する民族の典型的な姿で現れた
ヘレニズム芸術は聖母にテュニックと被り物を、時には耳飾りさえ与えていた
エルサレムの芸術は、聖母を長いベール(マフォリアン)で包み、髪を隠して、全体の輪郭に慎み深い優美さを与えていた(現実味・地方色)
記念碑的な芸術であった、巡礼たちのために生まれた
印象的なのは、 ヘレニズム芸術が決して 実現することができなかった壮大さという性格、 儀式ばった威厳


6世紀には二つの芸術が混じりあい始める
ラヴェンナの有名なマクシミアヌスの象牙の椅子など
ヘレニズム的図像とパレスティナ的図像の混合は、ローマのサンタ・サビーナの彫刻を施した扉や、ラヴェンナのサン・タポリナーレ・ヌオーヴォのイエス・キリストの生涯を描くモザイクにも見られる。
ギリシア人たちの髭のないキリストは、ここで、オリエントの人々の髭の濃いキリストと出会う。
時代が下れば下るほど、エルサレムの芸術の影響が増してくるのを感ずる。(p93)

中世というとロマネスク・・でも、それ以前の1000年が不明だったかも・・中世初期⇒こちらへ辻佐保子さん[西欧初期中世美術]

  エミール・マールの古典的著作『ロマネスクの図像学』を読む

△ PageTop


唐草図鑑ロゴ


獅子紋章風
聖樹聖獣文様
聖獣概観
生命の木
 獅子
唐草目次
文様の根源
文献
用語
サイトマップ
唐草図鑑